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2019.1/23

川端実の色彩

川端実の祖父 玉章は日本画家でもあり川端画学校と言われる私塾を経営していました。そのような環境の中で川端実が筆をとったのは、ごく自然の成り行きだったでしょう。

1936年25歳の時、文展監査展で入選、選奨となり、記録としてはこれが初の受賞となります。この時、批評家は色彩の調和と画面全体の構成力を高く評価しています。この色彩に対する感覚は、これ以降、川端実の作品の中に一貫してみて取れます。時代とともに画風は変遷するのですが、重なり合う色、隣り合う色、そして色の中の同じ色・・・どれも美しく調和しています。

ここには、祖父の日本画から見て学んだものが息づいているのではないでしょうか。



川端実は90歳で生涯を閉じるまでの殆どを絵を描くことに費やしており、その画風が大きく変化したのは1945年に終戦を迎えてからです。

それまで具象を描いていたのが50年代に入るとフォビズム、キュビズムの影響を受け少しづつ線が単純化し明快な色彩になってゆきます。モチーフもそれまで描いていた機械や工場そのものを表すことから、自分の中に取り込んで画面の中に再構成するようになり、60年代には画面を区切るのではなく、全体に滲みかすれた様な線と色調になります。これが川端実の画業の一つのピークと言って良いかもしれません。

1970年代になると、世に出てきた水性アクリル絵の具を用い始めます。今度はそこに、油彩と異なり下塗りをしないので、色の奥行が加わっています。

今回の展示Art Fair Tokyo 2019では、この時期に新しい画材を積極的に用い、作画に取り組んでいた丁度、作風の変わる時期の作品を展示致します。

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