Blog

2019.12/18

男神坐像 “見えざる存在”のカタチ


男神坐像  平安時代後期  H252×W134×D79mm



古代の日本人は、山川草木や風土の中に神性を見出し、それを「カミ」と信じました。

形のない存在だったカミに姿が与えられるようになったのは奈良時代。外来の宗教である仏教の広がりにより、古来からの神道との交渉を深めてゆくなかで誕生したのが神像彫刻です。

時に雅な荘厳やリアリズムが追求された仏教彫刻に対して、神像の造形は簡素にして素朴。“表現しない”ことが神像彫刻のひとつの特徴といえるでしょう。



神は、男神女神ともにヒトの姿を借りて表されました。こちらの男神像は、狩衣を纏い、頭には垂纓冠を被り、欠損していますが合わせた両手には笏を持っていたのでしょう。

典型的な平安貴族の装束ですが、さらに膝回りには帯状に垂れたものが墨描きで表現されています。これは、官人の中でも天皇の許しを受けた高官のみが身につけることができた平緒ではないかと思われます。



装束やお顔の一部が墨で木地に直接描かれている例は比較的珍しく、全体を彩色で覆わなかったことには、木に対する日本人独自の自然観や信仰心も関わっていたのではないでしょうか。

全体に鑿痕を強く残している点もこの神像のユニークな点。鉈彫りによる神像は、関東や東北など東国を中心に10世紀以降から鎌倉前期にかけての作例が多く伝来しているようです。





鑿痕は細やかで、耳から後ろにかけての姿、襟周りや肩の丸みがとても柔らかく、丁寧に彫刻されています。

全体が一木で彫り出されており、お顔や胴には量感を感じさせながら膝は薄く、10世紀末〜11世紀頃の時代的な特徴も味わうことができます。



きりりとした眉、力強い眼差し、厳しさの潜む表情。

元来姿形のなかったカミ、人智を超えた見えざる存在に対する畏怖の念が、変わらずに引き継がれているように感じられます。

一覧へ戻る