Blog

2025.9/25

角杯に秘められた新羅人の信仰

今月のウェブストアでは新羅の角杯をご紹介しました。市場に数少なく、なかなか入手する機会のないものです。古代の新羅の代表的な文物であるばかりでなく、背景には非常に面白い歴史と文化があります。

素通りしては勿体無いので、角杯にまつわるお話をこのブログでご紹介できればと思います。少々マニアックですが、ご関心のある方はぜひ付いてきてくださいね。

▶︎ウェブストア〈新羅角杯〉はこちら








動物の角を酒盃として用いる例は、ユーラシア大陸では古くから見られ、約7000年前の黒海周辺では獣角を模った土器製の杯が出現しました。西は地中海から東は日本まで金属や土器、陶磁器などでかたどった角坏は、地中海や西アジア、中国、朝鮮半島、日本に至るまで、世界中のあらゆる古代世界に広がってゆきます。

隋唐時代には、ソグド人の墓の壁画などにリュトンを用いる人物の姿が描かれるようになり、獣角あるいはそれを模した杯が宴席での酒器として重要な道具であったことが、図像史料からも明らかになっているそうです。



壁画〈リュトンを飲む男〉
7〜8世紀
国立エルミタージュ美術館蔵
(出典:『Silla : Korea’s Golden Kingdom』The Metropolitan Museum of Art, 2013年)


先端に注ぎ口がついたリュトンに対し、東アジアの角杯の直接的なルーツとされているのは、スキタイ系遊牧民が用いた角杯です。西方の文化に深い憧憬を持った古代朝鮮半島の新羅は、世界中の中でも角杯を特に重視し、独特の発展を遂げた地でした。


新羅とその影響下にあった伽耶の領地では、多くの金属製、また漆や陶器の角杯が出土しています。不思議なことに出土例は新羅の領地に限られ、高句麗に壁画の例があるものの、新羅以外の領地では角杯は見つかっていないのだとか。
三国の中でも新羅だけに角杯を重視する特別な文化があったと考えられています。


例えば、5世紀末から6世紀初めに築造された慶州の天馬塚。被葬者は国王級の人物とされるこの古墳からは、金冠などの装身具ばかりでなく、長さ14㎝余りの牛角形漆器をはじめ、複数の金属器製の角杯、更には本物の牛角が大量に発見されています。

埋葬物として見つかった大量の牛角にはどんな意味があるのでしょうか…?


新羅代23代の法興王の時代である524年に建てられた「鳳坪新羅碑」には、“新羅王の命令に反いた村の首長たちが処罰された際に、新羅の官人によって牛を殺して天を祭る儀式が行われた”と記録されています。

当時の出来事が刻まれた各地に残された石碑の中でこうした記述は「鳳坪新羅碑」に留まらず、5世紀から6世紀にかけて牛を殺して天を祭る盟約の儀式が盛んに⾏われたとする金石文が複数見つかっており、当時の新羅のエリート層は、牛や牛角に特別な信仰を持っていたとも考えられています。




〈台付角杯〉
新羅5〜6世紀
慶州国立博物館蔵
(出典:『国立慶州博物館』国立慶州博物館, 2017年)


造形面においても、角杯の表現はバラエティに富んでいます。忠実に牛の角を模したものはもちろんのこと、角杯を据える台を別に作って組み合わせた〈台付角杯〉、さらには車輪と組み合わせた〈車輪付双角杯〉(東京国立博物館)や馬や人物と組み合わせた〈騎馬人物角杯〉(国立慶州博物館)などなど…。

まるで特別な信仰の対象であった角杯を荘厳するかのような造形。
「これぞ新羅土器…!」と言えるユニークなものばかりです。

日本には古墳時代に形象埴輪や人物埴輪で同じようにバラエティに富んだものが生まれましたが、新羅ではそれにあたるものが陶質土器で作られた、そんなイメージでしょうか?

ちなみにこんなザ・新羅の形象土器を一度は求めてみたいものですが、贋物も多く、良いものはそうそう見つかりません。。





ご紹介した牛角は、形を誇張することのない自然に近い形状。また表面の艶やかな質感も本物の牛角に極めて似せて作られています。古くは実際に牛の角を用いた儀式が、信仰の広がりに伴って数を要するようになり、土製で忠実に牛の角を再現した器を作るようになったのでしょう。

陶磁器による角杯は、その後も高麗時代や朝鮮時代に青磁や粉青沙器、白磁など、時代ごとの技術を用いて造られています。そのどれもが博物館クラスの遺品で、市場で見る機会はなかなかありません。

極めて稀少であることからも分かる通り、朝鮮半島の人々にとって角杯は、三国時代以降どの時代においても重視された伝統的、そして重要な器物だったのではないかと思います。




[参考文献]

門田誠一「角杯と牛殺しの盟誓 –新羅の祭天儀礼とその周辺−」『考古学と信仰』同志社大学考古学シリーズ刊行会, 1994年
『ユーラシアの風 新羅へ』MIHO MUSEUM他, 山川出版社, 2009年
『Silla : Korea’s Golden Kingdom』The Metropolitan Museum of Art, 2013年
『国立慶州博物館』国立慶州博物館, 2017年




[文|大塚麻央]



一覧へ戻る