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2013.9/28

大分県 国東半島



富貴寺 (蕗寺)

藤原時代末の阿弥陀堂です。参道の階段を登ると美しい姿で現れます。屋根の勾配と全体のバランス、見事な美しさです。
訪問当日は扉が閉められていましたが、本来は中心の扉が開かれた状態で御堂の中の阿弥陀三尊像は参道から見られます。次第に距離が近づき本堂に入り参拝する。そんな美しい光景を想像しながら登りました。本堂の中の阿弥陀三尊像は都作に近い美しさでした。また本堂内部の壁面も美しく、浄土変相図や胎蔵界曼荼羅の尊像などがとても良いコンデションで残されており感動しました。
大堂は西国唯一の阿弥陀堂で九州最古の和様建築物だそうで国宝に指定されており、本尊の阿弥陀如来は重文、堂内の壁画は平安三壁画の一つに数えられ重文指定されています。




富貴寺 境内の国東塔 

画像の小さな塔には1603年の墨書があるようです。大きな国東塔は姿から鎌倉時代と思われます。




熊野磨崖(まがい)仏 不動明王像 大日如来像

この石仏の造立年代は推定資料によると鎌倉初期とされているようですが、胎蔵寺が記録にあらわれるのが仁安三年(1168年)ですので磨崖仏の造立は藤原末期と考えられているようです。不動明王の磨崖仏は比較的めずらしいと思います。また大日如来像は宝冠もなく印も結んでいないので薬師如来ではないかとみるむきもあるようですが、やはり大日如来の古い形だと考えられているようです。



やはり国東半島は石造美術の宝庫でした。大分在住の友人が案内をしてくれたのですが、市道から少しそれた山の麓に豪族の供養塔群が見られたりします。これらの国東塔なども姿形などから鎌倉から南北朝と推定します。友人によりますと、今回は比較的マイナーな所を案内してくれたらしいですが臼杵市のメジャーな石造美術も拝見したいものです。
最初に紹介した富貴寺の紅葉時の境内は両サイドの銀杏の木が落葉し、地面いっぱいに黄色の絨毯のようになると友人が話してくれました。そんな時期に再訪したいと思います。



宇佐八幡宮からの行幸会の終着点である杵築市の奈多宮に伝わる平安時代の僧形の八幡神像です。衣に朱の彩色が残り、顎下に三道、胸部に膨らみなどは神像というより仏像に近く、まさに神が仏になったようなお姿です。
奈多宮は海岸沿いというより海岸にあり、すばらしい環境でした。この日は台風明けの穏やかな日で、美しい海岸と白砂などまさに神が降り立つような環境です。訪問時にカメラが壊れ、他の映像を出せませんが、行かなければこの美しさはわかりません。また奈多宮の神像群を拝覧したい場合は事前連絡が必要です。
このような環境の手配をしてくださった友人に感謝、感謝、感謝です。




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